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『 雪窓湖の家 』 / 泉 幸甫

  • iezukurisite
  • 4月24日
  • 読了時間: 4分

更新日:4月30日

「雪窓湖の家」外観
「雪窓湖の家」外観
「雪窓湖の家」外壁
「雪窓湖の家」外壁

九州の田舎で育った僕にとって、軽井沢との縁は大学生の頃にはじまる。師事した先生がこの地に別荘を持っていて、夏になると研究室ごとそこへ移った。以来、軽井沢の記憶は、いくつもの層となって僕の中に残っている。

半世紀前の軽井沢は、今よりずっと静かな避暑地だった。のんびりとした空気の中に身を置きながらも、研究室では鬼のような厳しさにさらされる。その落差がひとつに溶け合った風景として、いまも思い出される。

設計事務所を始めてから、軽井沢周辺で十件あまりの住まいをつくらせてもらった。ここでの仕事は、忘れていた感覚を呼び戻してくれる。五月、新緑が萌え立つ。夏、人が増え、どこか浮き立つ気配が漂う。九月も終わりに近づくと、小道に霧が降りて、景色はやわらかなベールに包まれる。冬、雪に覆われた大地の向こうに、浅間山が雪雲を引きながら、くっきりと姿を見せる。 「雪窓湖の家」は、そんな軽井沢の少し外側、いまでは「西軽井沢」とも呼ばれる御代田にある。軽井沢ほど厳しくはない寒さと乾いた空気。旧軽井沢の喧騒から少し距離を置いた、かつての軽井沢のような時間が流れている。

思い返せば、僕が三十歳の頃、初めて軽井沢でつくった別荘もこの御代田だった。あのあたりだったはずだと記憶をたどると、すぐ近くにその建物はしっかりと残っていた。五十年近い時間を経てもなお静かに建ち続けている。その姿を見たとき、鳥肌が立つような喜びが込み上げ、ここでもう一度建てることに、どこか巡り戻ってきたような感覚を覚えた。

「雪窓湖の家」リビングルーム
「雪窓湖の家」リビングルーム
「雪窓湖の家」リビングルーム
「雪窓湖の家」リビングルーム

建主はこの地に至るまで、軽井沢のあちこちを見て回られたという。最終的にこの場所を選ばれたのは、永く暮らすにふさわしい静けさと、そして眼下に広がる雪窓湖の存在だったのだろう。風のない日には、水面が空をそのまま映し込むような、ひっそりとした湖である。

出会いもまた巡り合わせだった。「家づくりの会」の事務局が市ヶ谷にあった頃、建主はそのすぐ近くに住んでおられた。ふとしたきっかけで会を訪れ、設計者を探され、僕が関わることになった。

設計は、自然に囲まれた穏やかな日々を、ゆったりと過ごされる情景を思い描くことから始めた。しかし昨今の建設費の高騰は厳しく、そのイメージを実現するには現実的で緻密な積み重ねが必要だった。寒冷地では基礎工事の負担が大きくなるため、複雑な基礎を避け、等高線に沿った平面とすることでコストを抑えている。その結果、建物は水平にのびやかに広がる姿を得ることになった。

素材についても、これまで付き合い続けてきた職人たちの手を借り、できるだけ自然のものを選んだ。建物の中心となるリビングには、島根県浜田の石州敷瓦や、名古屋でつくられている肌合いのやわらかな半ハンドメイドのタイルを用いている。主となる壁には表情のある左官仕上げ、その他の壁は薄く現代的な土壁とした。床には屋久島で見つけた杉材を産地から直接取り寄せた。いわゆる屋久杉とは異なり、いまも切り出しが可能な杉だが、硬く、いい表情を持ちながら、まだあまり知られていない材である。

かつてのように素材を自由に使うことは難しくなったが、要所にはしっかりと力を入れ、それ以外の部分では抑制を効かせた。たとえばゲストルームの天井は、節の多い杉板に白い塗装を施しただけの簡素な仕上げだが、かえって軽やかで、訪れる人に喜ばれる空間となっている。

建築には、いくつもの困難がつきまとう。一つ山を越えても、また次の山が現れる。それでもそれらを乗り越え、かたちとして立ち上がったときの喜びは、何ものにも代えがたい。

「雪窓湖の家」ゲストルーム
「雪窓湖の家」ゲストルーム

「雪窓湖の家」の建主は、そのことをよく理解しておられた。創作する者への敬意を持ち、芸術を愛する方だったからこそ、僕も気持ちよく仕事に向き合うことができた。「泉さんはアルチザンだ」と言っていただけたことは、望外の喜びである。

建物が完成し移住されたあと、建主は長野の温泉を巡り、酒を楽しみ、薪ストーブの火を眺めながら冬を過ごしているという。雪景色の中で杯を傾ける時間は、きっと何ものにも代えがたいだろう。室内には、気に入っておられるマチスのリトグラフが静かに掛けられている。

そんな暮らしを、きっと最初から思い描いておられたのだと思う。そしていま、その時間は確かに日々の中にある。

「雪窓湖の家」が完成して、そろそろ一年になる。現場にはよく通ったが、引き渡しを終えても、どこかまだ仕事が終わっていないような気がしている。いや、終わってほしくなかったのかもしれない。美しい四季の風景と、何よりあの気持ちのいい建主、そして自分なりに力を注いだ建物が、そこにあるからだろう。

もうすぐ、新緑の季節が来る。光の中で木々が一斉に芽吹く、あの短い時間。

そろそろ、行きたい。

僕にとってもまたひとつ、軽井沢との縁ができた。

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